仏教の説話

2018年12月17日(月)
【祈りは諸天善神を動かす】
 私たちの祈りは、諸天を動かす偉大な力用を備えている。私たちが南無妙法蓮華経と唱えるとき、無量の諸天善神が、私たちの後ろに並んでいるのである。
 戸田先生は、その意味について、わかりやすく語ってくださった。
「東の方に向かって、諸天善神にたいして、あいさつするときに、それは、わが心の中にある諸天善神が、そのまま大宇宙にうかぶのです。そうして、御本尊に向かうときには諸天善神が、ぜんぶうしろにすわるのです」「そして、私たちが御本尊に向かって唱える経文、題目をきちんと、聞いているのだ」と。

 一人で題目をあげているようであっても、決して一人ではない。皆さまの題目に合わせて、何千何億もの諸天善神が一緒に御本尊に向かっている。そうやって諸天善神が、こぞって集まり、身近な人間や同志の働きなどとなって、皆さま一人一人を守るのである。
 広宣流布に戦う同志の皆さま方が、どれほど尊貴であり、どれほど偉大であるか。
 大聖人は門下への御手紙の中で、次の法理を示しておられる。
 「法が妙であるゆえに、その法を受持する人が貴い。人が貴いがゆえに、その人がいる所も尊い」(御書一五七八ページ、通解。以下同じ)と。
 お金持ちだから偉いのではない。社会的地位があるから偉いのでもない。そうではなく、本当に尊貴なのは、最高の法を持った人なのである。そして、その尊貴な人がいる場所が、そのまま「本有常住の常寂光土」なのである。
 大聖人は、こうも仰せである。
 「持たれる法さえ第一ならば、持つ人もまた第一なのである」(御書四六五ページ)と。
 妙法を持った皆さまが、第一に尊い方々である。ゆえに、皆さまをいじめれば、厳しい仏罰を受けることは、御書に示されているとおりである。



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