わが友に贈る

2019年6月13日(木)
【NO TITLE】
きょう6月13日は「小さな親切運動スタートの日」。1963年(昭和38年)3月に行われた東京大学の卒業式の席上、茅誠司総長(当時)は卒業生に向け、次のように語った。
 「“小さな親切”を、勇気をもってやっていただきたい。そしてそれが、やがては日本の社会の隅々までを埋めつくすであろう親切というなだれの芽としていただきたい」
 茅氏と、この言葉に感銘を受けた人々が提唱者となり、「小さな親切」運動がスタートしたのが56年前のきょうだ。
 「親切」とは一説では、「親」は「親しい」「身近に接する」などの意味があり、「切」には刃物をじかに当てるように「身近である」「行き届く」という意味がある。相手の身近に寄り添い、行き届くように、思いやること――まさに目の前の一人を徹底して励まし抜く学会精神に通じるものがある。
 さいたま市のある壮年は、長年にわたり地域清掃を続けてきた。きっかけは近所の人の「最近、ゴミの不法投棄が増えた」という何気ない一言。その一言を心にとどめ、始めた清掃活動は30年を超えている。現在では、ゴミの不法投棄も少なくなり、地元でも人気の散歩コースとなった。
 壮年の日課は、近所をパトロールしながら、住民とあいさつを交わすことだという。「常に人と会い、言葉を交わす。そうしていれば“人に尽くすチャンス”に巡り合える」と語る。
 「無縁社会」とも呼ばれる一方、SNSなどの普及により、つながることは容易になった現代社会。人間関係は薄くなったのか、実は濃密なのか。「つながり孤独」という言葉もあるようだが、本当の意味での交流は難しい。大事なことは、こちらの真心が相手に届くまで、心の距離を近づけること。「小さな親切」の第一歩は、友のもとへ足を運ぶことにあるかもしれない。
 池田先生は「随筆」の中で、「たとえ一瞬でも、心が触れ合えば、『仏縁』を結ぶことができる。ただ通り過ぎてしまえば、何も価値は生まれない。『人と会うこと』が『人間革命』である。『人と語ること』が『広宣流布』である。そこには、勇気があり、知恵があり、慈悲がある」とつづっている。
 親切といっても、相手が本当に求めていることに応えるのは簡単なことではない。だからこそ、祈り、こちらが胸襟を開いて接していく。相手の心の声に耳を傾ける対話に勇んで挑戦していきたい

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