名字の言

2017年10月20日(金)
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 北海道北広島市には「寒地稲作発祥の地」を記念する石碑がある。1873年、中山久蔵が赤毛種を用いた稲の栽培に成功した。その後、彼は種もみを無償で提供し、北海道の稲作の普及に尽力。「寒地稲作の父」と仰がれる▼もともと農業には全くの素人で、開拓使からは侮蔑的な言葉も浴びせられた。日本政府は北海道での稲栽培を“不可能”と考え、畑作を強制したが、久蔵は諦めない。深夜、風呂の残り湯を苗代に運び、水温を上げるなど、必死の努力を続けた。3年目、執念は実を結び、石狩・空知地方へと米作りは広がっていった▼久蔵の稲作にみられる通り、北海道の歴史はあらゆる点で「開拓の歴史」といえよう。学会にあっては「小樽問答」「札幌・夏の陣」「夕張炭労事件」に象徴されるように、池田先生自らが、北海道広布の“開拓”に挑んできた。ここに、友の誇りがある▼25年前、先生は厚田の戸田記念墓地公園を訪問した折、中山久蔵の生涯に触れつつ、こう語った。「だれが何と言おうと、『今に見よ!』『絶対に成し遂げてみせる!』――この執念を貫いた人が“最後の勝利”をもたらすのです」▼自ら決めた目標は、何が何でも実現せずにおくものか。その勝利への執念から、難攻不落の栄光城は築かれる。

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