信仰体験談

2019年11月8日(金)
【環境は自分で変えていく】
「人生100年時代」の幸福論を探る「ライフウオッチ」。信仰体験のページでは、40歳前後の「アラフォー世代」の生き方を見つめる。小野亜沙希さん(40)は4人の息子を育てるシングルママ。2008年(平成20年)、四男が生まれた直後、夫が蒸発した。18歳で嫁いだ亜沙希さんには、働いた経験がなかった。育ち盛りの子を抱え、彼女は、どのように活路を開いていったのか――。

 4人目の子どもを出産し、実家に預けていた子どもたちとアパートに帰ると、“もぬけの殻”。家具は全てなくなり、夫の携帯もつながらない。数日後、離婚調停の通知が届いた。
 長男は小学5年、次男は小学2年、三男は小学1年。育ち盛りの子どもたちを抱え、呆然と立ち尽くした。18歳で結婚し、最終学歴は「中卒」。11年間、専業主婦。働いたことなんてない。
  
 振り返れば、試練の多い結婚生活だった。浪費を繰り返す夫のせいで、自己破産を経験した。次男は小児ネフローゼ症候群、三男は川崎病を患った。夫は家に帰らない日も多かったが、亜沙希さんはそのたびに題目を唱え、逆転のドラマを演じてきた。けれど、まさかこんな結末が待っていようとは――。
 婦人部の先輩に会いに行った。苦しい胸の内をさらけ出した。悩みを一つ一つ言葉にすると、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。先輩は言った。「信心に無駄は一つもない。祈っていけば、最短距離で一番いい方に向かっていくから」
 祈っていくうちに、自身の心の内を冷静に見つめられるようになった。“どうしよう”と足りないものばかり数えている自分。夫に依存していた自分。そんな自分と決別したい。離婚は「私が自立するチャンス」――そう覚悟を決めた。
 だが現実は厳しかった。夫が払うはずだった家賃は1年間滞納されていた。子どもの養育費すらまともにもらえなかった。支援を頼もうと役所の窓口を訪れても、「ご両親に養ってもらってください」と。当時29歳。今さら親のスネをかじるわけにはいかない。借金をして、何とかその日その日をやり過ごした。
 派遣会社に登録したが、時はリーマン・ショックの直後。中卒のシングルママに開かれた門は少なかった。それでも「一番いい方向に」と懸命に祈った。
 “私のセールスポイントは何かな”。祈る中で知恵が湧く。頭に浮かんだのはパソコン。保護者として、子どものサッカー部の書類作りを手伝ってきた。
 ピアノを習っていたから手先が器用だった。キーボードを打つのが得意で、そのうちパソコンを分解して、パーツを調べるまでに。「パソコンの調子が悪い」と悩むママ友のために、夜中に飛んで行って修理してあげたこともあった。
 主婦業の合間に身に付いた力が、就活に生かせるかもしれない。
 ある日、求人を見つけた。大学教授の手伝いで、書類や案内状を作る仕事。“これだ!”。直感で体が動いた。
 一番自信のある私服を着て、面接へ。対面した教授から「パジャマで来たの?」と笑われた。就活はスーツという常識さえなかった。「君、面白いね」。まさかの採用。働き始めると才能は開花した。任される仕事がどんどん増え、白衣を着て研究助手まで務めた。
 「君のキャリアのために、高卒の認定資格を取った方がいい」。教授は試験勉強も熱心に教えてくれた。半年後、合格。「スキルアップしながら、お給料までもらって」。信心の功徳を感じた。
 四男が小学生になるまで、離婚したことを子どもたちに隠してきた。夫の悪口も言わなかった。“親を恨むような思いはさせたくない”。感謝と笑顔があふれる家庭をつくりたかった。
 働き始めて、子どもたちとコミュニケーションを取る時間は短くなった。
 だから毎朝、聖教新聞の配達に息子を連れて行った。道すがら話をした。学校のこと。友達のこと。勉強のこと。家に戻ると、皆で御本尊の前に座った。
 勤行の後、子どもたちは1冊のノートに、今の思いを記していった。母への感謝。兄弟への励ましの言葉……。「絶対、創価学園に行く!」と決意が書かれていることもあった。そのノートが息子たちとの心の会話となった。
 それでも、男子4人の子育ては大変。反抗期になると、イライラした息子が家の窓ガラスを割ったこともある。“男親がいてくれたらなあ”と、何度も思った。毎日10合の米を炊き、息子と競うように食べ、腕力をつけた。腕相撲で「私が勝ったら言うことを聞け」と、ねじ伏せたこともあった。
 季節は巡り、長男の七音さん(21)は創価大学へ。次男の鈴音さん(18)は創価高校を卒業後、ドイツのプロサッカー選手に。三男の快音さん(17)も創価高校に進んだ。亜沙希さんは学費を稼ぐため、給与と福利厚生の充実した正社員を目指し、再びスキルアップに挑んだ。
 ハローワークで紹介されたIT就業支援の学校に1年通い、マイクロソフトの資格試験6種全てに満点合格。すると、学校の講師から声が掛かり、システムエンジニアとして、大手電子メーカーの社員にヘッドハンティングされた。
 入社して6年、重要な職務を担う。「母親の視点で見てほしい」と期待され、人材育成にも携わる。11年間の主婦の経験が、職場でも生きている。
 息子たちに読み聞かせた『希望対話』。その中に、亜沙希さんの半生を表すかのような池田先生の言葉があった。
 〈「環境」に振り回されるだけなら、環境が、あなたの人生の主人公ということになってしまう。それでは、つまらない。あなたの人生を決める主人公は、「あなた自身」なのです〉

11/8^21:42
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