信仰体験談

2020年6月2日(火)
【六甲山を望むイチゴ園】
【神戸市北区】前中信一さん(70)=副支部長=は、妻の光代さん(64)=地区副婦人部長=と、イチゴ狩りの人気観光地で、「二郎 前中農園」を営む。
これまで多くの困難を乗り越えてきた。今年は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、農園も打撃を受けている。しかし、下を向くことはない。“必ず信心の実証を示す”との師への誓いがあるからだ。
販売を手伝ってくれる娘家族と和やかなひととき(左から妻・光代さん、前中さん、孫の白木結彩さん、長女・白木和代さん、長女の夫・白木馨さん)  

新たな挑戦
 神戸から六甲山を越えた北側に、緑豊かな住宅地が点在する。
 この地、二カ地区で栽培されるイチゴは、“知る人ぞ知る神戸の名産品”だ。あまりに柔らかくて、市場に出回ることが、ほとんどない。この地域では「章姫」という品種を栽培する農家が多く、みずみずしい甘さが人気という。
 例年、2万人以上がイチゴ狩りに訪れる。1月から5月のシーズンは、どこのビニールハウスも、団体客や家族連れであふれ、農家は大忙し。?
 だが今年は、新型コロナウイルスの影響で、来訪客が激減。市場への出荷も行っていないため、農家は大きな痛手を負った。やむなく大量廃棄した生産者もいる。  前中さんは、“丹精込めたイチゴを無駄にしたくない”と、夫婦で真剣に祈る中、直売所での販売に望みを託す。農園は“有馬街道”と呼ばれる県道沿い。
 「周りは、朝一番の午前中に販売している所が多いけど、うちは午後2時から。“販売中”を知らせるランプを点灯させると、どんどん車が止まって、完売することも多いんですよ。感謝しかありません」
 近隣の保育園も、「楽しみにしている園児たちのために」と購入してくれた。
 光代さんは「積み上げてきた信頼があってこそです。ありがたいと実感します」。
 来月には、シーズンを終えて、土壌の殺菌処理など、次の準備に取り掛かる。
 開園して、明年で20年。周囲の農家と協力し、苗や肥料の研究努力を重ね、納得の味を作れるようになった。  
「それでも毎年、一粒目を味見する時は手がふるえます。だから、真剣に祈るんです」

娘のために
 「人生は戦いです。幸福になるための戦いです。しかし、何も困難がないことが幸福ではない」
 この池田先生の指導を思うたび、あることが胸に迫ってくるという。
 ――中学生の時、両親に続き創価学会に入会。高校を卒業後、有馬温泉にある旅館に調理師として就職した。8人部屋に住み込み、朝は午前4時に起き、夜は午後10時まで働いた。
 非番の日は、男子部の先輩に連れられ、神戸中を広布に駆け、深夜まで同志と語り合った。“師匠にお応えできる料理人になろう”と懸命に腕を磨いた。  
 1976年(昭和51年)、光代さんを入会に導き結婚。3人の子に恵まれた。順風満帆)に見えた84年12月、大きな試練に襲われる。
 義父の一周忌で、妻の実家に家族でいた時のこと。法要の際、皆がちょっと目を離した隙に、3歳だった次女が庭の池に転落した。救出されはしたが、息を吹き返すことはなかった。
 悔やんでも悔やみきれない。光代さんの落ち込みは激しかった。同志が、すぐに駆け付け、涙を流しながら寄り添ってくれた。
 だが、日ごろ学会に無理解だった周囲の人は、“変な宗教をしているからだ”と偏見の目を向けた。
 前中さんは、光代さんを励ました。「このままでは、娘に申し訳ない。僕たちが、必ず幸せの実証を示そうや」。それは自分に固く言い聞かせた誓いでもあった。
 夫婦は真剣に祈り抜く。そして聖教新聞を手に、地域を一軒一軒、対話に歩いた。“必ず宿命転換してみせる!”と。
 その後、前中さんは、職場で「向板(むこういた)」という立場に登用され、刺し身の引きを任されるなど、料理の世界で実績を積んでいく。
 そうした中、転機が訪れた。1989年、娘が亡くなった神戸市北区の実家に移ることに。
 2000年(平成12年)2月には、池田先生が神戸を訪問。この時、前中さん夫妻は、一大決心をする。“この地域で盛んな二郎イチゴ。これで実証を示そう。それが娘のためでもあるし、先生に応える道じゃないか”  義母の家庭農園を引き継いだ夫妻は、01年から本格的にイチゴ農園をスタートさせた。

誓いを胸に
 開園してからは、度重なる病魔が前中さんを襲った。
 03年、軽度の脳梗塞に。15年には不整脈で、心臓大動脈弁の置換手術を。その半年後には大動脈解離を発症。入院が続いた。
 昨年夏には、大動脈瘤が見つかった。危険な状態だったが、12時間の手術を無事終えた。
 術後、目を覚ますと、光代さんから、地域の同志が祈ってくれていたことを聞いた。
 術後の痛み以上に、妻や同志に心配をかけ続けていることを申し訳なく思った。“一日も早く退院して、また、みんなのために頑張りたい”と、胸中で題目を唱え、自らを奮い立たせた。
 退院後、医師の了承を得て、畑仕事に復帰。週2回、市の老人健康保険施設で利用者に料理も振る舞う。
 「かつて旅館で磨いた腕が、役に立てて良かった。本当にうれしい」
 2棟から始めたイチゴ園のビニールハウスは、現在6棟にまで拡大。農園内の自宅を広布の会場として提供し、同志が喜々として集う場所になっている。また近隣住民を招いての友好の集いも、たびたび開催してきた。
 「娘への約束、同志への感謝、そして池田先生への誓いがあったから、ここまで来ることができました!」
 初夏の薫風が心地よく吹き抜ける。
 六甲山の山並みを見つめて、前中さんは誓いを新たにする。

6/2^18:26
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