信仰体験談

2022年1月15日(土)
【亡き父のクリーニング店を守る】
【高知市】シュー! 強い蒸気の出る業務用アイロンが、スラックスの上をなめらかに滑ると、瞬く間にしわ一つない仕上がりに。
 クリーニング店を営む山下昌利さん(62)=副県長=が顔を上げた。
 「『きれいになっちゅうね!』っていうお客さんの言葉が何よりの褒め言葉やきね」
 16歳で父の後を継いで45年。染み抜き一つに、布と対話しながら真摯に向かう。
 昨年から顧客などの紹介で、50店舗以上の薬局店の白衣やユニホームを扱うように。最新の機材による、ふわっとした仕上がりが女性に好評という。
 コロナ禍で若干、売り上げが落ちた。こんな時だからこそ一つ一つの仕事に、より誠実に向き合う。
 そうやって父も苦難を乗り越えてきたのだろうと、頭に浮かべながら――。
  ◇ 
 荒れた青春だった。中学から遊びに明け暮れ、高校1年で退学となった。
 「それでも、おやじは『自分の後を継ぐのはおまえだから』って。さすがに親不孝ばかりは悪いと思ってクリーニング師を目指すことにしたがよ」
 16歳で東京に修業へ。“早く一人前になって、おやじと一緒に店に立つ”と誓いを立て、技術の習得に励んだ。
 翌年のある日、父と電話を。
 「頑張ってるか。一生懸命やるんやぞ」
 その翌日――。姉から電話が。父が交通事故で亡くなったと告げられた。
 胸が締め付けられた。頭の中で巡る昨晩の父の声。“どうして……”
 悲しみに暮れる間もなく父の後を継いだ。まだ16歳。技術も人間的にも未熟。次第に客が離れ、雇っていた頼みの職人も去っていった。
 その頃、よく家を訪ねてくる人がいた。男子部の先輩だった。
 追い返したこともたびたび。だが先輩は何度でも来る。その熱心さに、仕方なく会合に参加するように。
 気が付くと学会の文化祭にも出演していた。周りを見て驚いた。
 「皆、熱かったし真剣だった。汗流して涙流して。同世代が競い合うように信心で自分を磨いてた。“俺もやってみるか”ってね」
 店を継いだ3年後の1978年(昭和53年)、高知で開催された男子部幹部総会に参加。
 池田先生は“どんなことがあっても学会から離れず真面目に信心を。何らかの分野で一番に”と呼び掛けた。
 山下さんは“社会で実証を示す”と腹を決めた。学会活動の中で言葉遣いや礼儀を学び、師匠を得ることで、仕事に対する姿勢も変わった。
 客とのコミュニケーションも積極的に取れるようになった。技術向上のための講習会にも真剣に臨み、腕を磨いた。
  ◇ 
 少しずつ客が戻り始めた矢先、店の経理をしていた母がリウマチで寝たきりになり、どんぶり勘定の経営で赤字が増大。家賃も払えない状況に追い込まれた。
 一緒に働くようになった弟と奮闘したが、状況は好転しない。
 “7年間頑張ったが、もうだめだ……”
 廃業を考え、男子部の先輩に伝えた。
 「やめるんやったら自由やき」との返事。「でも、もう一晩、祈って考えてみたら。悔いを残したらあかん」と。

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