信仰体験談

2019年1月12日(土)
【笑うかどには福来たる】
【福井市】 あー笑った笑った。井上せつさん(101)=高木勇者支部、副白ゆり長=の取材である。脱線また脱線なれど、「老い」を明るく受け止めて笑い飛ばす。前歯のない笑顔が悲しいやら、オカシイやら。元気と幸せのてんこ盛り。「百薬の長」などと言いますが、やはり笑いは体に良いようです。

 まあ恥ずかしい。耳は遠いし、前歯もねえ。お金もねえし、(親指立てて)これもいねえ。もう笑わんとおれんでしょ。でもみんなに「せっちゃん、せっちゃん」て、このババをよ。100歳過ぎてるのにい。長生きすると、いいことあるもんだな。
 大根を煮たのと菜っ葉が好き。肉は嫌。小さい時から貧乏して、大根か菜っ葉ばっかり食っとった。だから娘に「粗食が体にいいんだぞ」って。
 人生でうれしかったこと? あんまりないわ……あえて言えば、じいさん(夫)が死んだことか。女の人は、みんなそうやと思いますよ(取材に協力いただいた地区婦人部長と白ゆり長から同時にツッコミを入れられる)。
 うちのじいさんは、かい性が無いで。「パチンコに行くで、ゼニくれ」。誰が貸すか! だけど亡くなった時は、ようもあんなええ顔になった。私について勤行やってきたからだな。
 宝物はあんた、お金やで。口にせんだけで、誰でもそうでしょ? でも肝心のお金がねえ。木村さん(地区の多宝会の婦人)としゃべってんの。「お金は死んだ時に持っていけねえ」「ほや、ほや」「まあ自分らしく生きていこう」。わははと笑って、こんな楽しいことないね。やっぱりあれだ、宝物はお金じゃなくて友達やで。それに訂正してちょーよ。あー腹痛え(このセリフの時は、おなかを抱えて笑っていると思ってください)。
 3年前に、木村さんと教学部任用試験を受けたよ。一日も休まんと、勉強やらせてもらったの。ちっとも疲れんかった。それが不思議。お昼は1玉28円のうどん作って、木村さんと食ったら「うんめえ」。
 御書を勉強してから急に元気になったのよ。それまで冬の間は入院しとった。でも今は雪降っても座談会に行くもん。まあ合格とはびっくりしたわあ。あーははは。昔は不幸だったで、こうやって笑うことは好き。
 9歳で母親が亡くなった。私を産んでから9年間、ずっと病気。お金なくて納戸で寝てた。記憶にあるのは、縁側に腰掛けて日なたぼっこしてたお母ちゃん。でも顔は思い出せん。10歳上の姉が私の母親代わり。正月にはめんこい着物作ってくれたんだ。
 村に理髪店があるの。そこで子守をして、あめ玉五つもらって、ありがとうって帰る。それがうれしいてなあ。
 戦後、靴下と女は強くなった。新婚旅行? 何いっちょんさる。そんな余裕ない。自分の着物をほどいて、中古の足踏みミシンで3人の子どもの服作ってのお。
 蓮の花は、泥の中からポンと咲く。泥の暮らしだったけど、姉が御本尊様を教えてくれたんだ(1954年)。
 だから今の幸せがある。私は泣いとるけど、うれし泣きやで。
 まあ世の中、簡単にいったら誰も苦労せんでしょ。そうやよ。つらくなったら、「これが世の中だ」と言えばええ。
 善しあしがあっての人生だ。幸せや幸せやって言ってたら、幸せが寄ってくるでな。
 いらんこと考えないで、笑おう。笑うが勝ち。苦虫をかみつぶした顔しとっては、誰も褒めんよ。 ほれ、私は笑いすぎて前歯が取れた。入れ歯をはめたら痛くて大変。娘に取ってもらった。たじたじするわ。同じアホなら笑わな損。あー腹痛え。笑う門には福来る。私が笑うと、御本尊様も喜んでござる。 
 70歳過ぎて、娘のいる福井に来た時、「福井の土になる」と思って来た。娘は、お金あげると喜ぶけど、私が100歳になっても喜ばん。ケンカしたって、言いたいことをぐっとこらえて「はい分かりましたあ」。それでええ。私は幸せ。なんのかんのって親子だもん。ありがとうは奇跡の言葉。自然と出ちゃう。
 やっぱし、南無妙法蓮華経をやめてはだめだ。「行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る」(御書1087ページ)だもん。その三障四魔を乗り越えるのは題目。なんぼ考えても題目以外にないんだ。
 池田先生の言葉をずっと大切にしてきたの。“幸福は自分でつくるもの”。ありがてえ、ありがてえ。今は、なーんにも言うことないよお。こんな幸せないもん。「生涯青春」。これも池田先生がおっしゃったこと。幸せや、幸せや。
 べらべらしゃべり過ぎて恥ずかしい。あんた、上手に書いといて。

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