信仰体験談

2019年2月12日(火)
【二度とない『今』に全力投球】
二度とない『今』に全力投球

木村さん(右端)と共に、カメラの液晶モニターをのぞく子どもたち。「もっと笑っていいの?」「くっついた方がいい?」――子どもたちの率直な意見を大切にして、魅力輝く一枚を生み出していく

 埼玉県新座市内の公園。「立春」にふさわしい暖かな日差しの中、木村大介は、子どもたちにレンズを向けた。
 子どもの集中力は長く続かない。だが大介は焦らない。一緒に遊んで、撮る。液晶画面を小さなモデルたちに見せながら“会議”を――。依頼主である親たちにも、モデルの子どもたちにも、心から喜ばれる一枚となった。
 フリーのカメラマンとして、結婚式や七五三、地域のスポーツ大会、各種公演などを撮り続けて5年。「二度とない『今』という時に、この出会いからしか得られない、生み出せないものがある」  それを形に残したい――。
                     * 
 「もう夜か……」  時計に目をやると、午前3時を過ぎていた。10時間以上、ぶっ続けでテレビゲームをやっていたことになる。コントローラーを床に置き、カーテンを開ける。外は真っ暗だった。
 “俺の人生みたいだな”  この1年前の2009年(平成21年)、30歳の春から引きこもりになった。
 携帯電話ショップで店長を務めていたが、上司と部下の板ばさみになり、ストレスに苦しんだ。周囲は期待してくれていたが、“みんなが思うほど、俺はすごくない”。張り詰めた糸が切れたようだった。ベッドから起きられない。出勤できなくなり、退職した――。
 “おやじにも、心配を掛けてるだろうな”  自宅には、がんと闘う父がいた。食肉解体の仕事で鍛えた筋肉質の体が、次第に痩せ細っていく。それでも毎日、仕事に出掛けた。御本尊の前で、居住まいを正して祈る背中は、大介にとって大きく見えた。
 幼い頃から信心に励む両親の姿を見て育った。“でも信心は親のもので、俺には関係ない”と考えていた。ふと思った。“おやじは、あんなに真剣に何を祈っているんだろう……”  
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 ある日、父は自身の似顔絵を描いた。抗がん剤の副作用で「はげてしまった」と笑いながら、大介に見せる。完成かと思いきや、柔和な表情に、涙を足していった。
 「つらいのか?」と尋ねると、父は首を横に振った。
 「病が本当の信心を教えてくれた。いつ亡くなるかを考えるんじゃなく、どう生き抜くかということを。感謝しかない」
 少し間をおき、父は言った。「だから、学会のみんなの励ましがうれしくて、泣いているんだよ」
 大介の目を見て、父は、ほほ笑んだ。
 “背伸びする必要はない。ありのままでいいんだ”。そう言われた気がした。目を赤くしながら、久しぶりに御本尊の前に座り、題目を唱えた。
 1週間後、アルバイトの面接に合格した。病院にいる父親の元へ駆け付けた。「仕事が決まったよ!」  すでに話せなくなっていた父が、かすかにうなずいた。  “おめでとう”  それが最後の会話となった。
                     *  
 「カメラマンになりたい」
 そう母に打ち明けたのは、父が亡くなって5年が過ぎた頃だった。
 きっかけは、知人のポートレートを撮影したこと。出来上がったアルバムに、「一生の宝物にします」と喜んでくれた。
 だが、猛反対された。アルバイトから正社員に採用され、生活も安定している。男子部の先輩も「何のために、34歳で転職するの?」と。
 大介の中には、父の似顔絵を見たあの日から、ある気持ちが育っていた。
 “その人らしさを、何らかの形として残す仕事がしたい”  大介の気持ちが固いと知ると、先輩は、池田先生の言葉を紹介してくれた。
 「人生は桜梅桃李です。自分が他人になることはできない。自分は自分らしく、大輪を咲かせていけばよいのです。そうでなければ何のための人生、何のための生命か」  大切な指針となった。
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 ピントの合わせ方や露出(カメラに入る光の量)の決め方など、全て独学。徐々に仕事が入る中、もっと経験を積もうと、友人にモデルになってもらい、毎日、撮影を重ねた。
 学会活動にも挑戦し続けた。友人に弘教を実らせた1週間後、ある依頼が。それはテレビ番組で、有名スポーツ選手と家族の写真を撮影する仕事。祈りに祈り、当日に臨んだ。
 ロケの進行が押し、持ち時間は予定の半分に。現場には緊張感が漂い、撮影中も多くの関係者が凝視している。だが、“大丈夫。俺ならできる”。その家族も絶賛する会心の一枚が撮れた。
 仕事を始めてから1年後、インターネットの出張カメラマンサイトで、関東エリア第1位の人気を獲得するようになった。
 今も、撮影に臨む前には、多くの手間と時間を注ぐ。ある結婚式の依頼では、1年がかりで打ち合わせを。その後も、その家族の節目を撮り続けている。
 「人生って、挫折や葛藤がたくさんある。そういうのを“切り捨てる”んじゃなくて、全部が自分を築く要素だから、“包み込んで”前に進もうと思えるような、そんな写真が撮りたい」
 心の中にいる、父に問い掛ける。“あの日、おやじが描いたような絵を、俺は撮れているかな”  そんな思いを抱きながら、走り続ける。終わりのない探求を続けて。

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